雨降って地固まる、という諺がある。 真奈美は四十六歳になった今も、この諺の意味を実感したことがなかった。夫と別れて三年、恋愛からは遠ざかっていた。 「今日もお疲れ様でした」 「今日もお疲れ様でした」 隣に座る康介が、グラスを軽く掲げた。取引先の担当者として知り合って半年、仕事の付き合いのはずが、いつの間にか二人きりで食事をする回数が増えていた。 「康介さんって、いつも穏やかですよね。私、最近ちょっと苛立ちっぽくて」 「そうですか? 僕には、真奈美さんが誰よりも丁寧に生きてる人に見えますけど」 その言葉に、真奈美は思わず視線を落とした。丁寧に生きている――そんな風に見てくれる人が、今までいただろうか。 先週、ちょっとした行き違いがあった。真奈美が送ったメールの言葉が少しきつく伝わってしまい、康介は珍しく黙り込んだ。気まずい空気のまま数日が過ぎ、真奈美は「もうこの関係も終わりかもしれない」と覚悟していた。 けれど康介は、自分から連絡してきた。 「あの時のこと、ちゃんと話したくて」 二人は喫茶店で向き合い、誤解を一つずつ解いていった。話しているうちに、真奈美は自分がどれほど彼を大切に思っているかに気づいた。康介も同じだったらしい。 「雨降って地固まる、ですね」 康介がふと呟いた言葉に、真奈美は目を丸くした。 「知ってますか? 揉め事があった後の方が、かえって関係が強くなるっていう意味の諺」 「知ってます。でも、自分がその通りになるなんて、思ってませんでした」 真奈美は静かに笑った。若い頃の恋愛は、うまくいかないことがあれば簡単に終わってしまった。でも今は違う。ぶつかっても、そこから逃げずに向き合えば、地面はもっと固く、確かなものになる。 私たち、これからも雨、降るかもしれませんね 「私たち、これからも雨、降るかもしれませんね」 「その度に、地固めていきましょう」 康介の手が、そっと真奈美の手に重なった。若さでは測れない、深く静かな温もりだった。 四十六歳の恋は、遅すぎることなどない。むしろ、雨を知っているからこそ、次に晴れる空の美しさが分かるのだ。