ねえ、笑わないで聞いてくれる?
私、あの子と出会ったとき、もうすぐ還暦だったの。
まさか自分が…自分が“恋”なんて言葉を、こんな年になってから口にするとは思ってもいなかったわ。
彼、20代よ。
孫でもおかしくない年齢。
最初はただの偶然だったの。図書館のロビーで、本を落とした私に「大丈夫ですか?」って声をかけてくれた青年。
その声が、まるで初夏の風のように心地よくて。
白髪に気を遣ってるわけでもなく、皺に目を逸らすこともなく、まっすぐ私の目を見て微笑んだの。
心が揺れたのなんて、久しぶりだったわ。
あのときの私は、“女”という感覚をどこかにしまい込んでいたのよ。
でもね、彼が…それを引っ張り出したの。
「お茶、行きませんか?」
冗談かと思った。けれど彼の目は真剣で、私、気がついたら隣を歩いていた。
年の差なんて、関係ないように感じたの。
でも、もちろん…そんなはず、ないわよね。
初めて手をつないだ日、私の手が震えていたの。
彼の手のひらは温かくて、大きくて…でも、私のシワを包み込んでも笑わなかった。
「キレイな手ですね」って言ったのよ。
冗談じゃないわよね、笑っちゃうでしょ?
でもね、あの子は嘘をつかない子なの。
年上だからって気を使ってるわけじゃない、そう思えるほど素直で、まっすぐな人。
ある日、私、言ったのよ。
「私ね、あなたの未来を奪ってるようで、怖いの」って。
そしたら彼、こう言ったの。
「未来なんて、どこにあるかなんて誰にもわかりません。僕は“今”を大切にしたい。あなたといる“今”が、僕の未来なんです」
…泣いたわ。
私、そんなふうに言われたの、人生で初めてだったの。
夫とも、恋人とも、親とも、違う。
“私そのもの”を好きだと言ってくれる人が、目の前にいたの。
でもね…
周りの目は冷たいの。
彼の両親は当然反対したし、私の友人たちも「どうかしてる」と言った。
「男は若い女に目移りするわよ」って。
ええ、わかってるのよ。
でもね、それでも、私は彼と過ごす時間を選びたいと思った。
老いは、彼の横にいるときだけ忘れられるの。
鏡を見ると現実に引き戻されるけど、彼の瞳の中には、私が“女”でいる姿が映ってる。
誰にも言えない恋。
けれど誰よりも大切な人。
今は、ひっそりと暮らしてるの。
遠くの町で、人目を避けて、彼と二人きりで。
「秘密って、ふたりだけの宝物ですね」って彼が笑うのよ。
そうね、そう思うことにしてる。
人は笑うかもしれない。
「ばかげてる」って言うかもしれない。
でも、これは“私たちの真実”なの。
年齢じゃない。
見た目でもない。
心が求めて、心が繋がった、それだけ。
彼の眠る横顔を見てるとね、
私の老いも、孤独も、後悔も、全部愛おしくなるの。
それはたぶん、この恋が“本物”だった証拠。
私たち、
たしかに祖母と孫くらいの年の差かもしれない。
だけど、心は年を取らないのよ。
あなたも、
もし恋をあきらめそうになったら、思い出して。
恋は、年齢を選ばない。
そして、誰にも奪えないのよ。
――ありがとう、聞いてくれて。
誰かに話したくて、でも誰にも言えなかったの。
これは、私のささやかな“恋の告白”なの。
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