ねぇ、どうして人って、過去に置き去りにした思い出に、こんなにも心を揺さぶられるのかしら。 私には夫がいる。優しいし、家庭を大事にしてくれる。 周りから見れば、きっと“幸せな妻”に映っていると思うわ。 でもね、その優しさが時に、息苦しいの。 「体調は大丈夫か?」「無理するなよ」 夫の言葉は正しいし、ありがたい。けれど、そこには男と女の熱がない。 私が欲しかったのは“守られること”じゃなくて、“求められること”だった。 そんなある日よ。 偶然、昔の同級生と再会したの。 高校時代に、私が密かに心を寄せていた人。 卒業して以来、一度も会っていなかったのに、突然、目の前に現れたの。 「変わらないな…君の笑顔」 彼のその言葉に、私は胸が締めつけられた。 あの頃のときめきが、一瞬でよみがえったの。 主婦として、妻として過ごすうちに忘れていた“女”の部分を、彼の一言が呼び覚ました。 それから、何度かお茶をするようになったわ。 ただ昔話をして笑い合うだけ。 でもね、心のどこかで分かっていたの。 これは、危険な始まりだって。 「君は幸せそうでよかった」 彼がそう言うと、私は言葉に詰まってしまった。 幸せ? そう、幸せなはず。優しい夫がいる。家庭も壊れてはいない。 でも、私の胸はなぜこんなにも苦しいの? 彼と過ごす時間は、決して長くはない。 だけど、その短いひとときが、まるで鮮やかな色を取り戻す魔法のようだった。 彼の笑顔に、彼の声に、私はいつしか縋るようになっていた。 「また会いたい」 その一言が、どうしてこんなに甘美で、そして残酷なんだろう。 夫には内緒。 だって、彼に会う理由なんて、説明できるわけがない。 私のスマホに残る小さなメッセージが、どれほど罪深いか分かっている。 それでも消せないの。 消してしまったら、私の心からも、彼がいなくなってしまう気がして…。 夫の前では、何も変わらない顔をしている。 食卓で並ぶ夫の笑顔に、私は応える。 でもその奥で、私の心は別の人を想っている。 これが裏切りだと、百も承知しているのに。 「もしも、あの時付き合っていたら、俺たち…どうなってたんだろうな」 彼のその言葉が、私を突き刺した。 あり得なかった未来。けれど、確かに存在したかもしれない“もう一つの人生”。 帰り道、涙が止まらなかった。...