夜の静けさに包まれたリビングで、私は一人ワイングラスを傾けていた。窓の外には街灯が淡い光を放ち、遠くで車の音がかすかに聞こえるだけ。18歳の娘、里奈は友達と出かけていて、家には私しかいない。
「まったく、若いっていいわね。何もかもがキラキラしてる。」
一人ごとのつもりだったのに、声が意外に大きく響いて自分でも驚いた。グラスを置いて、思わず溜息をつく。離婚して5年。元夫の裏切りで始まった新しい生活には慣れたけれど、心の奥底に残る虚しさが消えることはなかった。
そんな時、里奈が初めて彼氏を家に連れてきた日のことを思い出す。彼の名前は慎也。少し照れくさそうな笑顔で「よろしくお願いします」と頭を下げた彼に、私は軽く会釈を返した。
「慎也くんね、里奈から話は聞いてるわ。まあ、どうぞ。」
お茶を出しながらも、どこか目を引くその若さに圧倒されていた。引き締まった体、素直そうな表情、それに優しい声。私は自分が娘の彼氏に見とれていることに気付き、慌てて気持ちを切り替えた。
数週間後、偶然スーパーで慎也に会った。
「お母さん、こんなところで。」
彼は気さくに話しかけてきた。カートを押していた私は驚きながらも笑顔を返す。
「慎也くん、奇遇ね。一人?」
「はい、ちょっと晩ごはんの材料を買いに。」
短い会話の後、別れるつもりだった。しかし、慎也が「もしよかったら一緒にお茶でも」と誘ってきた時、私は戸惑いながらも頷いてしまった。
カフェでの会話は思いのほか弾んだ。彼は里奈の話を嬉しそうに語りつつ、時折真剣な表情で自分の夢についても話した。その純粋さに、私はかつての自分を重ねてしまった。
「慎也くん、素敵な夢ね。応援したくなるわ。」
「ありがとうございます。お母さんも…素敵です。」
その言葉に一瞬息が止まった。慎也の瞳が真っ直ぐ私を見つめている。その視線に込められた何かに、私は動揺を隠せなかった。
その日から、慎也との偶然の出会いが増えていった。公園、駅前の書店、そしてまたスーパー。まるで何かに導かれているかのように、私たちは何度も顔を合わせた。
「これって偶然ですかね?」
慎也が冗談めかして言うたびに、私は苦笑いしながらも心の中で戸惑いが膨らんでいく。里奈の彼氏としての慎也と、私の前で見せる慎也が、どこか別人のように感じられたからだ。
ある日、彼から突然連絡が来た。短いメッセージだった。
「少しだけお話しできませんか?」
私が指定した場所は、家から少し離れた小さなカフェ。慎也は少し緊張した面持ちで席に着いた。
「お母さん…いや、由美さん。僕、本当は…」
その瞬間、私の心に何かが弾けた。彼が何を言おうとしているのか、直感的に理解してしまった。
「慎也くん、それ以上は…」
言葉を遮るように、彼の手が私の手に触れた。驚いた私が手を引こうとした瞬間、慎也の言葉が静かに響いた。
「里奈には言いません。でも、僕…由美さんのことが…」
帰り道、私は震える手でハンドルを握っていた。家に戻ると、そこには何も知らない里奈が笑顔で迎えてくれた。その純粋な笑顔に、私は激しい罪悪感と共に目を逸らした。
「お母さん、どうしたの?疲れてる?」
「ちょっとね…。今日はもう休むわ。」
ベッドに横たわりながら、私は天井を見つめていた。慎也の言葉、触れた手の感触、そして自分の中に芽生えた抑えきれない感情。それらが渦巻く中で、私はただ一つ、答えを出せずにいた。
「どうして…こんなことに…」
夜が更けるほどに、私の葛藤は深まっていった。
翌日、里奈が慎也を連れて家に来た。
「お母さん、慎也が一緒にランチ作ろうって言ってるの。一緒にどう?」
里奈の明るい声に、私は一瞬言葉を失ったが、なんとか微笑みを作った。
「そうね、楽しそうね。」
キッチンに立つ慎也の姿を見ていると、昨日の出来事が頭をよぎる。里奈と一緒に笑う彼を見て、私は胸の痛みを抑え込むように深呼吸をした。
食事が終わり、里奈が洗い物をしている間に、慎也がそっと私に近づいた。
「由美さん…昨日のこと、忘れられません。」
低い声で囁かれた言葉に、私は冷静を装おうとした。
「慎也くん、もうその話はしないで。」
「でも…本当の気持ちを隠すのは辛いです。」
彼の瞳が真剣で、その視線から逃れることができなかった。私は深く息を吸い込み、言葉を選ぶように口を開いた。
「慎也くん、私は母親であり、里奈の家族なのよ。その線を越えることはできない。」
彼は目を伏せ、静かに頷いた。
「わかりました。でも…忘れるのは難しいです。」
その場に重い沈黙が流れた。里奈の笑い声が遠くから聞こえてきて、その明るさがかえって私の心を締め付けた。
その後も日常は変わらず過ぎていくように見えたが、私の心の中では静かな嵐が続いていた。慎也の視線、触れた手の感触、そして彼が放った言葉。その全てが、私の胸に焼き付いて離れなかった。
ある日、里奈が慎也とのデートに出かけた後、私は一人でキッチンに立ち、手元の包丁に集中していた。野菜を切る音が響く中、突然インターホンが鳴った。
「由美さん…突然来てすみません。」
ドアの前に立っていたのは慎也だった。その顔には、何かを決意したような表情が浮かんでいた。
「慎也くん?里奈は今…」
「わかっています。でも…今日は、どうしても伝えたいことがあって。」
私は戸惑いながらも彼を中に招き入れた。彼が何を言おうとしているのか、その答えを恐れながらも避けることができなかった。
慎也は深く息を吸い込んだ後、私に向かって言葉を放った。
「由美さん、僕は本気です。どんなに間違っていると言われても、これが僕の正直な気持ちです。」
彼の真剣な瞳に、私は答えを返すことができなかった。その沈黙の中、時計の音だけが響いていた。
その夜、慎也は私にこう囁いた。
「由美さん、もし僕がもっと年上だったら、もし僕が里奈と関係なかったら…僕たちは普通に出会えていたんじゃないでしょうか。」
彼の言葉に胸が締め付けられた。私も心の中では同じことを考えていた。慎也の手がそっと私の肩に触れる。
「由美さん、僕はあなたを幸せにしたいんです。里奈には何も言いません。ただ…僕の気持ちを知っていてほしい。」
その場に流れる緊張感が、私の理性を揺さぶる。私は彼を受け入れてはいけない?そう思いながらも、彼の優しさと純粋さに惹かれている自分がいた。
「慎也くん、それは…罪よ。」
「罪だとしても、僕は後悔しません。」
彼の瞳が私を捉え、その距離が近づいていく。私は一瞬目を閉じ、その時の感覚を胸に刻み込んだ。
夜が更ける頃、慎也が静かに部屋を出ていくのを見送りながら、私は涙を流していた。愛と罪悪感の狭間で揺れる自分が、どこに向かうべきなのか、その答えはまだ見えない。
その日から、慎也はますます私に積極的になった。里奈がいない隙を見つけてはメッセージを送ってきたり、仕事帰りに突然訪れたり。私の心は彼の一言一言に揺さぶられ続けた。
ある雨の日、慎也がまた訪ねてきた。
「由美さん、少しだけお時間を。」
ドアを開けると、彼は傘を差しながらずぶ濡れだった。私は慌てて彼を中に招き入れ、タオルを手渡した。
「どうしたの、こんな雨の中。」
「どうしても、会いたくて…。」
その言葉に、私は胸が締め付けられた。彼の濡れた髪やシャツが、まるで彼の真剣さを物語っているように思えた。
「慎也くん、これ以上は…」
「由美さん、僕は…」
彼の声が震えている。私は自分でも信じられないくらい自然に、彼の頬に手を当てた。その瞬間、彼の手が私の手をしっかりと包み込む。
「里奈には、絶対に言わない。それでも…僕は由美さんと一緒にいたい。」
その言葉に、私の中の理性が崩れていくのを感じた。慎也の目には、どんな言葉でも否定できない真っ直ぐな感情が宿っていた。
その夜、私たちは一線を越えてしまった。薄暗い部屋の中、慎也の腕の中にいる自分を責める気持ちと、彼の温もりに包まれる安堵が交錯していた。
「由美さん、大丈夫ですか?」
慎也の低い声が耳元で囁く。その優しさに、私は涙が止まらなくなった。
「慎也くん、どうして…こんなことに。」
「僕は後悔していません。由美さんが必要なんです。」
彼の言葉に、私は静かに頷いた。心の中で自問自答を繰り返しながらも、彼に惹かれる自分を止めることはできなかった。
翌朝、慎也が静かに部屋を出るのを見送りながら、私は新しい一日が始まる重さを感じていた。罪悪感と幸福感が入り混じる中で、これからどうすればいいのか、その答えはまだ見えない。
「由美さん、また会いに来ます。」
慎也の最後の言葉が胸に響いた。その時、私は彼との関係がもう戻れないところまで進んでしまったことを実感していた。
抱き枕は、特に快適な睡眠をサポートするためにデザインされた長い枕です。
コメント
コメントを投稿