あれは今から二十年前、私がまだ三十代半ばだった頃の話です。子供たちはまだ小さく、夫も忙しく働いていました。私は専業主婦として家事と育児に追われる毎日でしたが、心の奥底にはいつもある人の存在がありました。その人、健一との思い出が私の心を温かくも切なくしていました。
健一とは、大学時代に出会いました。彼は文学部の学生で、私は美術専攻でした。共通の友人を通じて知り合い、すぐに打ち解けました。彼は詩を書くのが好きで、私はその詩に絵を添えることがよくありました。彼の詩は心に響くもので、私たちはお互いの感性を尊重し合う関係でした。
大学のキャンパスで過ごした日々は、今でも鮮明に覚えています。特に、あの春の日、桜の花びらが舞い散る中、私たちは初めて手を繋ぎました。健一は私の手をしっかりと握りながら、未来について語ってくれました。彼は作家になりたくて、その夢を追いかけていました。私も彼の夢を応援しながら、自分の絵をもっと広めたいと考えていました。
しかし、卒業後の現実は厳しく、私たちは別々の道を歩むことになりました。彼は東京で出版社に就職し、私は地元に戻り、家業を手伝うことになりました。遠距離恋愛を試みましたが、次第に連絡が途絶えがちになり、自然と別れることになりました。
その後、私は夫と出会い、結婚し、子供を授かりました。健一のことは過去の思い出として心の中にしまい込みました。しかし、ふとした瞬間に彼のことを思い出すことがありました。特に、静かな夜に一人で庭に出ると、健一と過ごしたあの桜の木の下の光景が目に浮かびます。
数年前、偶然にも健一の詩集が書店に並んでいるのを見つけました。彼の名前が表紙に刻まれているのを見て、胸が熱くなりました。その詩集を手に取り、ページをめくると、懐かしい言葉たちが溢れてきました。彼は夢を叶えたのだと、私は嬉しく思いました。
その詩集の中には、私たちが一緒に過ごした思い出が綴られている詩がありました。まるで、私に向けて書かれたかのように感じました。彼もまた、私との思い出を大切にしていたのだと知り、涙がこぼれました。
今でも時々、その詩集を開いて彼の言葉に浸ります。健一との思い出は、私の心の中で美しく咲き続けています。彼との切ない恋は、過ぎ去った時の中で色褪せることなく、私の心を温かく包んでくれています。彼の夢が叶ったこと、そしてその中に私との思い出があることが、私にとって何よりの宝物です。
健一、あの時の桜の花びらは、今も私の心の中で舞い続けています。あなたとの思い出は、私の人生の中で最も大切な宝物です。ありがとう。
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