ねえ、聞いてくれる? 私、今日ちょっとした"気づき"があったの。
夫と暮らして十年。毎日がルーティンみたいになって、刺激もなにもない生活。でもね、"それが普通"だと思ってたのよ。特に不満があるわけでもなかったし、夫は優しいし、ちゃんと生活を支えてくれる。文句なんて言えない。
だけどね……。
今日、スーパーのレジでね、ふとした瞬間に心が揺れたの。
「奥さん、お釣りです」
そう言いながら、レジの男性が私を見たのよ。しっかりと、まっすぐに。そんなの、ただのお釣りの受け渡しじゃない? でもね、違ったの。あの視線、あの微笑み、なんというか……私を"女性"として見てくれた気がしたの。
あれ? 私、こんなにドキドキすることってあったっけ? 夫と過ごす中で、最後にこんな気持ちになったのはいつだった?
家に帰っても、その余韻が残ってた。何でもない言葉、何でもない仕草なのに、心が浮ついてる。
ねえ、どうしてなのかしら。
もしかしたら……"夫以外"だから、なのかもしれない。
夫は家族。夫は大切な人。でもね、そう思えば思うほど、私の中で"ときめき"というものは薄れていったのかもしれない。夫に話せない愚痴や、ふとした寂しさ、私の心の奥にある"本音"。それを、夫以外の誰かに聞いてほしいって思ってしまうのは、そんなに悪いことなの?
私は浮気をしたいわけじゃない。そうじゃないの。ただ、私だって、誰かに"女性"として扱われたいだけ。
だから、夫以外の誰かが"ちゃんと見てくれる"と、心が傾いてしまうのかもしれない。
夫に言えないこと、抱えたままの気持ち。それが、心を許す"理由"なのかもしれないね……。
でもね、こうして話しているうちに、ふと怖くなるの。
もしこの気持ちを、そのまま流れに任せてしまったら? もし、この小さなときめきを手放したくないと思ったら? 夫以外の誰かに心を許すことが、私の世界を変えてしまったら?
そんなつもりはないのよ。ただ少し、心のすき間を埋めたかっただけ。ただ少し、誰かに「きれいだね」って言われたかっただけ。ただ少し、私の話を興味深そうに聞いてくれる人が欲しかっただけ。
……だけ、のはずなのに。
ねえ、女って不思議よね。心が揺れるたびに、「これくらいなら大丈夫」って思うのに、気がつけば踏み越えてしまう境界線がある。
たとえば、夫には言えないことを誰かにこぼした瞬間。
たとえば、その誰かと少しだけ長く目を合わせた瞬間。
たとえば、「また会いたいな」って思ってしまった瞬間。
ねえ……。その瞬間を過ぎたら、もう戻れないのかしら?
夫は私を愛してる。でも、私の全部を知ってるわけじゃない。
私も夫を愛してる。でも、夫だけを見ているわけじゃない。
結婚して、何年も経って、気づいてしまったのよ。
私、夫の前では"妻"だけど、それだけで終わりたくない。
私の中には、まだ"女"が残ってる。まだ誰かに求められたい。
だけど……それを求めたら、きっと"人妻"としての私は壊れてしまう。
ねえ、私どうすればいいの?
このまま、この気持ちを押し込めて、何もなかったことにするべき?
それとも……
……ねえ、もしあなたが私だったら、どうする?
でもね、答えなんて、もう分かってるのよ。
「何もなかったことにする」なんて、できるわけがない。
だって、もう知ってしまったから。夫以外の人の言葉に心が震える感覚を。
誰かに見つめられて、ときめく自分を。
こんなの、ただの気の迷い? それとも、本当に私が求めていたもの?
ねえ、私たち、どうして結婚したのかしらね。
「好きだから」? もちろんそうよ。夫と出会ったときは、この人となら幸せになれるって思った。
でも、結婚は恋のゴールじゃないのよね。むしろ、そこから始まる"生活"が待ってる。
毎日、同じ家で同じ人と過ごして、同じような会話をして。
「ご飯何がいい?」
「仕事お疲れさま」
「お風呂入る?」
それが悪いわけじゃない。でもね、それだけじゃ、私の心の奥は満たされないの。
夫は私を大事にしてくれるわ。でも、女としてじゃない。
家族として、妻として、大切にしてくれてる。
……ねえ、私が求めてるのは「大事にされること」じゃなくて、「求められること」なのかもしれない。
妻としてじゃなく、一人の女として、誰かに触れられたくなる。そんな衝動が胸の奥でざわめくのよ。
でも……この気持ちを受け入れたら、もう戻れなくなる。
夫を裏切ることになるし、後悔するかもしれない。
……それでも、私は
"人妻が夫以外に心を許す理由"。
それは、愛が冷めたからじゃないの。
今の生活が不幸だからでもない。
ただ、もう一度、女として"誰かの特別"になりたくなっただけ。
ねえ、あなたはこの気持ち、理解できる?
でもね、そんなこと、口が裂けても言えないわ。
「夫以外にときめくことがある」なんて、誰にも知られたくない。
だって、こんな感情を持つ私は、きっと"悪い女"なんでしょう?
だけど、心は嘘をつけないの。
ふとした瞬間に、携帯の画面を覗く自分がいる。
「おはよう」とか「今日も寒いね」とか、他愛のないメッセージなのに、夫からの連絡とはまるで違う高揚感がある。
彼の言葉を何度も読み返して、返信の言葉を慎重に選ぶ。
少しでも可愛く、少しでも魅力的に思われたくて。
こんなの、ただのやり取りよね?
まだ何も始まってなんかいない。でも……
もし、このまま進んだら?
待ち合わせをして、顔を見て、話をして。
そして、もう一歩、踏み込んでしまったら?
ねえ、私はどこまでなら許されるのかしら?
手をつなぐまで? それとも、唇が触れるまで?
もしかしたら、もうすでに一線を越えているのかもしれない。
心の中で彼のことを思っている時点で、私は"夫だけの妻"じゃなくなっているのだから。
「今度、ランチでもどう?」
彼からのメッセージが画面に浮かぶ。
……行くべきじゃない。
わかってる。わかってるのに、指が「いいよ」と打ち込んでしまう。
たったそれだけのことで、心臓が高鳴るのを止められない。
人妻が"夫以外"に心を許す理由。
それは、ほんの些細な"隙"から始まるのかもしれない。
ねえ、あなたなら、どうする?
ランチの約束をした日の朝、私はいつもより丁寧にメイクをした。
ほんの少しだけ、チークを濃くして、口紅の色も変えてみる。
夫と出かける時とは違う、特別な準備。
クローゼットの前で、鏡に映る自分をじっと見つめる。
どの服を着ていこう?
いつものシンプルなワンピース? それとも、少し華やかなブラウス?
「ただの友達との食事」なんだから、気にしすぎる必要はない。
……なのに、私は迷ってしまう。
結局、少しだけ女性らしさを意識した服を選んだ。
スカートの丈も、ほんの少しだけ短いものに。
こんな小さな選択が、心のどこかで"期待"に変わっているのかもしれない。
待ち合わせ場所に向かう電車の中で、鏡を覗き込む。
髪は乱れていないか、リップは落ちていないか、何度も確かめる自分がいる。
スマホを握りしめながら、彼とのやり取りを思い出す。
「楽しみにしてる」
その言葉が、頭から離れない。
待ち合わせ場所に着くと、彼はすでにそこにいた。
私を見つけると、穏やかに微笑んでくれる。
その笑顔を見た瞬間、心がふわっと軽くなる。
「あ、久しぶりだね」
「うん、なんだか変な感じ」
ぎこちない会話。でも、それが心地いい。
彼の視線が私を優しく包むたび、少しずつ緊張がほどけていく。
ランチをしながら、たわいもない話をする。
夫には話せないことも、彼には自然と話せる気がした。
日々の疲れや、ふと感じる寂しさ。
私が何を言っても、彼はじっくり聞いてくれる。
「無理しすぎないでね」
その一言に、胸がぎゅっと締めつけられる。
夫にも、こんなふうに優しくされたことがあったはずなのに。
いつからだろう? こんな気持ちを忘れてしまったのは。
「また……会える?」
別れ際、私は小さな声でそう言っていた。
彼は少し驚いたように、でも嬉しそうに頷いた。
その瞬間、私は気づいてしまう。
もう、"心を許してしまった"ことに。
この先、どうなるんだろう?
この気持ちは、どこへ向かうんだろう?
ねえ、あなたなら、ここで止まれる?
家に帰ると、いつもと変わらない日常が待っていた。
「おかえり」
夫がソファに座ったまま、テレビを見ながら声をかける。
いつもの風景、いつもの会話。
「ただいま」
私は微笑んで、靴を脱ぐ。
買い物袋をキッチンに置き、エプロンをつけながら深呼吸をする。
さっきまでの胸の高鳴りは、ここでは少しずつ静かになっていく。
けれど、完全に消えたわけじゃない。
夫との結婚生活に、不満があるわけじゃない。
彼は誠実で、家庭を大事にしてくれる人だ。
だけど
「今日、どこ行ってたの?」
夫の何気ない問いに、一瞬だけ指が止まる。
「え? ああ、ちょっと友達とランチしてた」
なるべく自然に答えたつもりだった。
「へえ、楽しかった?」
いつもなら気にも留めない質問なのに、なぜか心臓が跳ねる。
でも、夫は私の顔を見ることもなく、ただテレビに視線を向けたまま。
「うん、楽しかったよ」
嘘じゃない。でも、本当のことも言っていない。
この微妙な違いを、夫は気づいているんだろうか?
私はそっとキッチンの窓を開けた。
夜風がカーテンを揺らし、微かに冷たい空気が肌を撫でる。
さっきの彼の声が、ふと蘇る。
「また会える?」
会いたい。
そう思った瞬間、携帯が震えた。
画面を見れば、彼からのメッセージ。
「今日は楽しかったよ。ありがとう」
指が勝手に動きそうになるのを、ぐっと堪える。
でも、結局……
「私も楽しかった。また……話したいな」
送信ボタンを押したとき、胸の奥で何かがゆっくりと動き出すのを感じた。
もう、戻れないかもしれない。
でも、それでもいい。
私は今、確かに"私"を感じている。
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