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11月, 2025の投稿を表示しています

午後二時の呼び鈴──誰にも言えない訪問者

 午後二時。  夫の帰りは夜。  その静けさが、いつもは心地いいのに――今日はなぜか落ち着かなかった。  インターホンが鳴った。 「奥さーん、電気の点検で伺いました」  低い声。  数日前に届いた点検予告の紙を思い出し、私は玄関を開けた。 https://youtu.be/cqFYs_AE_Bo 「こんにちは。少し見させてもらっても大丈夫ですか?」 「あ、はい……どうぞ」  作業服姿の男性は、思っていたより若くて、目元に柔らかい笑みを浮かべていた。  家に入る瞬間、すれ違った肩がかすかに触れ、胸の奥がわずかにざわつく。 「配電盤は……どちらでしょう?」 「リビングの奥です。案内しますね」  男性の足音が、家の静けさの中に響く。  たったそれだけなのに、妙に音が大きく感じた。  私は自分の呼吸が浅くなるのを感じる。  リビングに入ると、彼は工具箱を置き、配電盤を開けた。 「すみません、少し暗いので……照明つけてもらえますか?」 「はい……」  スイッチを押すと、明かりが彼の横顔を照らす。  真剣なまなざし。  作業で腕まくりされた前腕が、思いのほかしっかりしている。  私は視線をそらした。  なのに、どうしてか――落ち着かない。 「奥さん」 「……はい?」 「いえ、なんでも。ちょっと顔が赤いなと思って」 「そんなこと……」  言いながら、胸の奥で何かがきゅっと縮む。  見られたくないところを覗かれたような、妙な気恥ずかしさ。  彼は作業を続けながら、ふと私の方を向いた。 「奥さん、家におひとりなんですか?」 「ええ、主人は夜まで戻りません」  言った瞬間、空気が変わった気がした。 「……そうなんですね」  その言い方が、どこか含みを持っている。  配電盤の点検が終わり、彼はリビングを見渡した。 「他にも電球とか、不具合あれば見ますよ」 「あ……実は、廊下の電球が最近ちらつくんです」 「じゃあ見ますね。案内してください」  廊下に立つと、彼との距離が急に近くなった。  狭い空間。  体温の気配がすぐ横にある。 「ここです」  私が指さしたその上を、彼が覗き込む。  顔が近い。  少し見上げる形になると、息が胸の奥でつかえてしまう。 「……奥さん」  彼が小声で言った。 「え?」 「さっきから……すごく緊張してますよね」  心臓が跳ねる。 「そんな……こと……」 「いや、...

触れてほしくないのに…寄り添ってくる影 #怪談

 玄関の鍵を閉めた瞬間、背中にひやりとした気配がまとわりついた。 「……また、来たのね?」  私は靴を脱ぎながら、誰にともなく声をかけた。 https://youtu.be/OlKQaeg3lxY  ここ半年ほどだろうか。夫が単身赴任になってから、夜になると“影”が私のそばへ寄ってくるようになった。  姿は見えない。でも、確かに感じる。  気配と、温度と、そして……触れ方。 「今日だけはやめてよ、疲れてるんだから……」  そう言いながらも、心のどこかで期待している自分がいる。  寂しさは、人を弱くも、奇妙に大胆にもする。  リビングの灯りをつけると、部屋の隅の暗がりがゆらりと揺れた。 「ちょっと……聞いてる?」  私はため息をつき、ソファに身を沈めた。湿った空気が肌を撫でる。  ――スッ。  肩に、ふわりと何かが触れた。 「だから、やめてって言ってるのに……」  声は震えていた。拒む言葉と裏腹に、肌が敏感に反応してしまう。  影は、まるで私の心を読んでいるみたいに寄り添ってくる。  子どもの頃、夜中に母の布団へもぐり込んだ時のような温かさ。  でも、そこにいるのは“人”ではない。 「ねぇ……どうして私なの? 私、そんなにすがりつきやすそうに見える?」  質問しても、返事はない。ただ、私の首筋すぐ近くで空気が揺れる。  そして――背中へまわりこむように、影が寄り添った。 「ちょっと……密着しすぎよ……」  苦情めいた声なのに、自分でも気づくほど甘い響きを帯びている。  影の動きは軽く、けれど確かに“触れられている”。  布越しに感じる、温かな手のひらの形。  私は胸の鼓動を必死に抑え込んだ。 「だめ……そんなふうにしたら……誤解しちゃうでしょ……」  影はゆっくりと、私の肩に顔を寄せるような気配をつくった。  誰かに抱きしめられるような包囲感。  孤独な夜に、体温だけが満たされていく。 「もう……ほんとに……」  私はそっと目を閉じた。  影が求めてくる温もりは、夫とは違う。  でも、嫌じゃなかった。  むしろ、触れてほしくないはずなのに、心の奥がじんわりとほぐれていく。  ――カタ。  玄関のほうで、何かが倒れる音がした。  影がふっと離れ、部屋の隅へと戻っていく。 「え……もう行っちゃうの?」  思わず漏れた言葉に...

五十歳、まだ女でいたい ― あの夜の続き、してはいけない続き 50歳の同窓会。

 会場の照明が少し暗めなのは、中年たちの“優しさ”なのだろう。  50歳の同窓会。  久しぶりに会う同級生の笑い声と、懐かしい曲がゆっくりと空気を揺らしていた。 https://youtu.be/rqPIUMVV5c4 「村瀬、美沙子……だよな?」  後ろから名前を呼ばれた瞬間、胸の奥が跳ねた。  忘れようとしても忘れられない声。 「……高梨くん?」 「“くん”はやめてくれよ。もう50だぞ」 「ふふ、そうね。でも驚いたわ。来てたのね」  軽く笑った彼の横顔に、息が止まりそうになった。  30年前、卒業式の日、誰にも言えない秘密を抱かせた相手。  ほんの短い“過ち未満”の出来事。  あのとき、彼は私の頬に触れかけて??そのまま何も言わずに去った。 「ずいぶん変わったな、美沙子」 「年相応に、よ?」 「いや……綺麗になった。昔より、ずっと」  そんなふうに言われたのなんて、いつぶりだろう。  夫からも、もう聞かなくなった言葉。 「……やめてよ。からかわないで」 「からかってない。会った瞬間、胸が騒いだ」  胸が騒いだのは、私のほうだ。  しばらく近況を話したあと、彼はワイングラスを回しながら言った。 「実はさ……今日来た理由、ひとつだけなんだ」 「何?」 「おまえに会うためだよ」  真っ直ぐな視線に、心がほどけそうになった。 「そんな、映画みたいなこと……」 「映画でも言わないよ。50歳でこんなこと言うなんてさ」 「ほんとに……どうしたの?」 「後悔してたんだ。ずっと」  後悔?  彼に?  私に? 「卒業式のあの日……おまえの手、握れなかっただろ」 「……覚えてるの?」 「忘れるわけない。あのとき……触れたら、戻れなくなると思って」  彼は少し笑って、グラスを置いた。 「でもな、美沙子。もう50だ。戻れなくなることなんて、もうほとんどない」 「戻れなくなること、あるわよ」 「旦那さんのこと?」  その一言に、息が詰まった。 「……そう。私、結婚してる」 「知ってるよ」 「どうしてそんな平気な顔してるの」 「だって、会いたかったんだから」  その直球さが、残酷で甘い。 「ちょっと外、歩かない?」 「……だめよ」 「なんで?」 「誰かに見られたら……」 「見られたら、“昔の同級生と話してた”って言えばいい」  その軽さが、余計に危険だった。 「美沙子……逃げるなよ」  逃...

義従兄と雨音が隠した「びしょ濡れ」

「ただいま……あら、まだ帰ってなかったのね」  玄関を開けた瞬間、私は思わず声を漏らした。  靴箱の前に置かれた、男物の革靴。  夫のものではない。  ——夫の従兄、圭介さんだ。 https://youtu.be/8XRM9ITgvbU 「悪いな、急に来ちまって」 「いいえ。雨が強いから心配してたところよ」  台所から顔を出すと、圭介さんはいつものように、少し申し訳なさそうに笑った。  けれどその目は、私の髪や服の濡れ具合を細かく追っている。 「傘、折れちゃって……びしょ濡れだな」 「ほんとよ。もう、ついてないわ」  ため息をつくと、圭介さんはタオルを差し出してきた。  その距離が妙に近くて、胸の奥がざわついた。 「拭いてやるよ」 「ちょっと……自分でできるわ」 「濡れて風邪ひくぞ」  タオルが首筋に触れた瞬間、背中がふっと震えた。  雨の冷たさとは違う、じわりとした熱が肌の奥から浮かんでくる。 「ほら、まだ冷えてる」 「圭介さん……そんなに優しくされたら……」 「ん? どうした?」  わざと聞き返すような声だった。  この人はいつもそう。私の動揺を楽しむように、少しだけ踏み込んでくる。  夫は海外出張で数か月家を空けている。  その間、何かあれば彼が家を見に来てくれる。  “家族だから”という理由で。  ——その言葉だけが、いちばん厄介だ。 「お茶、淹れるわね」 「いや、いい。座ってろ」  リビングのソファに座らされ、タオルをもう一度渡された。  圭介さんは、キッチンで湯をわかす音を立てている。  その背中を見つめているだけで、胸が締めつけられた。  どうして、この人は家の中にこんなに自然に立っていられるの。  どうして私は、それを拒めないの。 「熱いから気をつけろよ」 「ありがとう……」  湯気がふたりの顔の間にゆらゆら漂う。  その白い揺らぎが、境界を曖昧にしてしまう。 「なぁ、美咲」  名前を呼ばれ、指先が震えた。  夫でさえ、こんなふうに優しく呼んだことはない。 「最近、ちゃんと眠れてるか?」 「え……どうしてそんなこと」 「目が少し赤い。無理してんだろ」  視線がまっすぐで、逃げられなかった。 「……圭介さんが、心配してくれるからよ」 「俺だけじゃねぇよ。——あいつ(夫)も、きっと心配してる」  そう言い...

午後三時、カーテン越しの喘ぎ声 ——静かな住宅街にだけ響く、知られざる旋律。

午後三時。 昼下がりの光が、薄いレースのカーテンを透かして床に模様を描いていた。 この時間帯の住宅街は、まるで昼寝をしているみたいに静かだ。 遠くで洗濯機の回る音、郵便バイクのエンジン、そして――それをかき消すように、微かに響く声。 https://youtu.be/RgnTMlDZ83w 最初はテレビの音かと思った。 けれど、違う。 息を押し殺したような、誰かの吐息。 隣の家の窓が少しだけ開いていて、そこから漏れている。 胸がざわついた。 「まさか……」と呟きながらも、足は勝手に窓辺へと近づく。 カーテンを少しだけ指でずらすと、向かいの二階の影が見えた。 揺れている。 風ではない――人の動きのリズムだ。 私はすぐにカーテンを戻した。 見てはいけない、そんなこと分かっているのに、耳が勝手に音を追ってしまう。 その声が、どこか自分の中の何かをくすぐった。 忘れていた温度。 もう感じないと思っていた、あの頃の鼓動。 外では洗濯物がゆれている。 世界は平和な午後を続けているのに、私の心だけが妙に熱を帯びていた。 「……どうして、こんな音に、心が動くのかしら」 カーテンの向こうの世界は、まるで別の季節のように息づいている。 静かな住宅街に響くその旋律は、私の中の眠っていた何かを、確かに呼び覚ましていた。

五十歳、まだ女でいたい ― 再燃する妻の肌

佐藤美紀は、45歳の専業主婦だった。夫の浩一とは結婚して20年が経ち、二人の子供たちはすでに巣立っていた。 https://youtu.be/mh_5j9BAnNw 毎日の生活は穏やかで、規則正しいリズムを刻んでいた。朝は夫の弁当を作り、洗濯物を干し、午後には近所のスーパーで買い物をする。 夕食の支度を終える頃、浩一が帰宅する。それが美紀の日常だった。 浩一は大手企業の営業部長で、仕事に追われ、帰宅後は疲れた顔でソファに座り、ビールを飲むのが習慣になっていた。会話は天気や子供たちの近況、時には仕事の愚痴に限られていた。 美紀はそれを当たり前のこととして受け止めていた。結婚当初の情熱は、いつしか薄れ、互いに相手を家族の一員として見るようになっていた。 美紀自身も、鏡に映る自分の姿にため息をつくことが増えていた。頬のたるみ、細くなった髪。歳を重ねるごとに、体重が増え、動きが鈍くなっていた。 そんなある日、美紀は久しぶりに高校時代の同窓会に出席した。会場は地元のホテルで、懐かしい顔ぶれが集まっていた。 笑い声が飛び交う中、美紀は隅の席に座り、昔の写真を眺めていた。そこに現れたのは、かつてのクラスメート、田中俊介だった。 俊介は今、建築事務所を経営しており、変わらぬ明るい笑顔で美紀に声をかけた。「美紀、久しぶり。元気そうじゃないか。」 俊介との会話は、意外に弾んだ。学生時代の思い出話から、現在の生活まで。美紀は自分の言葉が自然に溢れることに驚いた。 浩一との会話では感じなかった、軽やかな心地よさがあった。帰宅後、美紀は鏡の前に立ち、久々に化粧を丁寧に落とした。 肌が少しだけ生き生きとしているように思えたが、それは気のせいだと自分に言い聞かせた。 翌日から、美紀の日常に小さな変化が生まれた。朝の散歩を始めてみた。夫の弁当にも、少し工夫を加えた。浩一は気づかないようだったが、美紀自身の中に、何かが芽生え始めている気がした。 仕事を探してみようか、そんな考えが頭をよぎった。長年抑えていた好奇心が、静かに動き出そうとしていた。 美紀はキッチンで夕食の準備をしながら、窓の外を見つめた。秋の風がカーテンを揺らし、遠くの街灯が灯り始めた。明日、何が起こるのだろうか。美紀の心は、穏やかながらも、微かな期待で満ちていた。