午後三時。
昼下がりの光が、薄いレースのカーテンを透かして床に模様を描いていた。
この時間帯の住宅街は、まるで昼寝をしているみたいに静かだ。
遠くで洗濯機の回る音、郵便バイクのエンジン、そして――それをかき消すように、微かに響く声。
最初はテレビの音かと思った。
けれど、違う。
息を押し殺したような、誰かの吐息。
隣の家の窓が少しだけ開いていて、そこから漏れている。
胸がざわついた。
「まさか……」と呟きながらも、足は勝手に窓辺へと近づく。
カーテンを少しだけ指でずらすと、向かいの二階の影が見えた。
揺れている。
風ではない――人の動きのリズムだ。
私はすぐにカーテンを戻した。
見てはいけない、そんなこと分かっているのに、耳が勝手に音を追ってしまう。
その声が、どこか自分の中の何かをくすぐった。
忘れていた温度。
もう感じないと思っていた、あの頃の鼓動。
外では洗濯物がゆれている。
世界は平和な午後を続けているのに、私の心だけが妙に熱を帯びていた。
「……どうして、こんな音に、心が動くのかしら」
カーテンの向こうの世界は、まるで別の季節のように息づいている。
静かな住宅街に響くその旋律は、私の中の眠っていた何かを、確かに呼び覚ましていた。
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