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五十歳、まだ女でいたい ― ねぇ…私のこと、女として見てる?


 夕方のオフィス。

 終業チャイムはもうとっくに鳴っているのに、パソコンの画面だけが静かに光っていた。


「また残業ですか、佐伯さん」

 そう声をかけてきたのは、部下の森下。三十二歳の、ちょっと不器用だけど真っ直ぐな男。

https://youtu.be/jMdZTPmEtkM


「仕方ないわよ。月末はどこもバタバタするんだから」

「でも、一人で背負い込まなくても。僕、手伝いますよ」


 私の隣に立つと、彼は当たり前のように資料の山に手を伸ばした。

 その距離が近い。近すぎる。

 胸の奥で、久しく忘れていた鼓動が小さく跳ねた。


「……そんな顔してどうしたんです?」

「してないわよ。普通よ」

「いえ、なんか。困ってるというか……照れてるような」


 照れる? 私が?

 冗談じゃない。

 そう思うのに、頬が少し熱い。


「もう。あなたは本当に失礼ね」

「すみません。でも、最近の佐伯さん……なんというか、少し柔らかくなった気がして」


「柔らかくなった……?」

「えぇ。前はもっと、壁があったというか」


 壁。

 そう、私は仕事に集中していればいいと思っていた。

 年齢とか、恋とか、そういうものに向き合うのはもう卒業したつもりだったのに。


「佐伯さん」

 森下が声を落とした。

「僕、昔から思ってたんです。あなたに頼られると……ちょっと嬉しいって」


「……変なこと言わないの」

「変じゃないですよ」


 彼の視線が、真っ直ぐ刺さってくる。

 その目に、私はどう映っているのだろう。


「でも……」

 ふと言葉がこぼれる。

「あなたから見た私は、ただの“上司”でしょう?」


「そんなこと、思ったことないですよ」


 間髪入れず返ってきた言葉に、胸が痛いほど揺れた。


「こんなこと言ったら怒られるかもしれませんけど……」


「なに?」


「……佐伯さん、綺麗ですよ。ずっと」


 心臓が跳ねる音が、自分でも驚くほど大きかった。


「やめて。そういうの、冗談に聞こえるから」

「冗談じゃないです」


 森下が真剣だということは、表情を見ればわかった。

 彼の不器用さを知っているからこそ、その言葉の重みを感じる。


「……ねぇ、森下くん」

 気づけば口が勝手に動いていた。

 ずっと胸の奥に押し込めていた、聞いてはいけない言葉。


「私のこと……女として見てる?」


 言ってしまった。

 聞いた瞬間、自分の指先が震えていることに気づく。

 この年齢で、こんな質問を口にするなんて。

 みっともない、と頭では思うのに、心は止められない。


 森下は瞬きをひとつしたあと、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「はい。見てます。最初に会った時からずっと」


「……そんなに簡単に言わないで」

「簡単なんかじゃないです。むしろ、怖かったんです」


「怖かった?」

「えぇ。だって佐伯さん、大人で、落ち着いてて……僕なんか相手にされるわけないって」


 彼の言葉が、胸にじんわりと染みていく。


「ほら、またそんな顔してる」

 森下が笑う。

「照れてますよね?」


「……もう、やめて」

 嬉しさと戸惑いが入り混じった声になった。


「やめませんよ」

 彼が少しだけ距離を詰める。

 その近さに、体が自然と硬くなる。


「佐伯さんが逃げそうだから」


「私は逃げないわよ」

「じゃあ、僕の目、ちゃんと見てください」


 視線を合わせた瞬間、時間がゆっくりと流れた。

 彼の瞳に映っている私は??上司ではなく、ただの“女”だった。


「……こんなにも誰かの目にさらされるのが怖いなんて、久しぶりよ」

「怖がらなくていいですよ」


 森下は少し笑って、続けた。


「僕、佐伯さんを大切にしますから」


「大切に……なんて、簡単に言わないでよ」

「簡単じゃないです。本気です」


 言葉の重さに、呼吸が深くなる。

 オフィスの静寂の中で、心臓だけがしっかりと生きていることを主張している。


「……ねぇ、森下くん」

「はい」


「もう少し……このままでいてもいい?」


「もちろんです」


 並んで椅子に座ると、彼は照れくさそうに笑った。


「佐伯さんって、本当はすごく可愛いですよね」

「やめてって言ってるのに……」

「言いたくなるんですよ。だって、本当のことですから」


 静かに微笑む彼を見て、ふと気づく。

 私はずっと、誰かに“女として見られること”を怖がっていたのかもしれない。

 年齢を理由に、心を閉じていたのかもしれない。


 でも今は??


「……ありがとう、森下くん」

「僕、なにかしました?」

「嬉しいのよ。そう言ってくれるのが」


 夜のオフィスで、私は久しぶりに“女としての自分”を取り戻していく感覚を味わっていた。


 もう少しだけ、この鼓動のまま……

 彼と並んでいたいと思った。


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