「ねぇ、これぐらいでいいかな?」
娘婿の力強い声が聞こえた。私は台所の隅でその姿をじっと見つめながら、少しだけ胸がドキドキしているのを感じた。立派な背中、逞しい腕、そして餅をつくときのあの手の動き…。うっかり、私の心の奥に隠していた欲望が顔を覗かせてしまう。
「うん、もうちょっと…あと数回ついた方がいいかな」
声が震えないように努めて返事をする。今、この空間には私たち二人だけ。娘は出かけている。そう、この瞬間を私は少しずつ待ち望んでいたのかもしれない。娘婿と過ごす静かな時間。彼の手の力強さを見るたびに、心の奥に熱いものが芽生えてしまう自分がいる。
「お義母さん、本当に餅つき好きなんですね。僕が手伝えて嬉しいです」
彼はにっこり笑って、ついた餅を木の臼から取り出し始める。その笑顔…誠実で、温かくて、どこか無邪気さも残っている。それに応える私は、心に少しだけ罪悪感を感じつつも、その瞬間だけは忘れていたかった。
「そうよ、昔は家族でよくやったのよ。でも今はこうして、あなたに手伝ってもらえるなんて、ありがたいわね」
私の声は、自然と優しくなった。そう、私は彼に感謝している。でも同時に…その手が、あの逞しい手が、私を包み込むように感じられたらどうだろうと、ふと考えてしまうのだ。
「お義母さん、ついた餅、もう少し形を整えますね」
彼が優しく言いながら餅を手で押し固める。あの手が餅を触るたびに、私の心の奥にある禁断の感情が膨らんでいく。
「上手ね。あなた、餅つきが得意なの?」
「いや、そんなことはないですけど、コツをつかむと意外と楽しいですよ」
彼は笑いながら答えた。
私は彼の隣に立って、手元をじっと見つめた。彼の手が餅に触れるたびに、私の体温が少しずつ上がっていく。餅が柔らかく、滑らかに変わっていく様子が、私の心の中の欲望と重なっていくようで、何とも言えない気持ちになる。
「ほんとに上手よ。もう一緒にお餅屋さんを開けるんじゃないかしら?」
冗談を言ってみたが、心の奥には別の感情があった。彼の手が私のものに重なったら、どんな感覚なんだろう…。その考えが浮かんで、慌てて頭を振る。
「そんなことないですよ。でも、お義母さんに褒められると嬉しいです」
彼はまた、あの温かい笑顔を見せた。その笑顔が私の胸に刺さる。まるで、何か禁断の扉を叩くような感覚だ。
「さて、これで終わりかな。次は何を手伝えばいいですか?」
彼の声に現実に引き戻される。少しだけ、惜しい気持ちが湧く。
「そうね…」
私は少し考えるふりをして、時間を引き延ばすように言葉を選ぶ。でも、もう終わりにしなければいけないのだ。
「後は私がやるから、休んでて」
「いえ、まだ何か手伝いますよ。せっかくですから」
その言葉に、また胸が高鳴る。彼の手伝いを断るべきなのに、断りきれない。彼と過ごすこの時間をもう少しだけ味わいたいのだ。私が言葉に詰まっていると、彼が餅を指でつまんで私の方に差し出した。
「これ、味見してみてください。つきたてのお餅、美味しいですよ」
彼の手から渡された餅は、まだ温かく、柔らかかった。その瞬間、私の心はまた一つ深い場所に落ちていく。
「ありがとう。美味しいわ…ほんとに」
本当は、餅の味だけではなく、彼とのこの瞬間が私にとっての「美味しさ」だった。私の心は、餅のように柔らかく、彼の手の中で形を変えていくかのようだった。
「じゃあ、次は何をしましょうか?」
彼が再び尋ねるが、もうこれ以上は…と思いながらも、私は少しだけ言葉を飲み込んだ。そして、小さな声でこう言った。
「本当にありがとうね。あなたがいてくれて、助かるわ」
その一言に、どれだけの想いが込められていたのか、彼には分からないだろう。ただの義母としての感謝の言葉。しかし私の心の中では、ずっと言えない秘密が膨らんでいた。
「いつでも手伝いますよ、お義母さん。僕にできることなら何でも」
彼のその言葉が、私の胸に深く刺さる。でも、私たちはこのままの関係でいるべきだと、心に言い聞かせる。
彼が帰る後ろ姿を見送ると、静かにため息をついた。
「何を考えてるのかしら、私…」
自分を嗤いながら、私はまた一つ餅を手に取る。温かい餅の感触が、私の心を少しだけ冷静にさせてくれた。
それでも、彼が次に餅をつく日を、どこかで楽しみにしている自分がいることに、気づかないふりをし続けるしかなかった。
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