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「向日葵は太陽のほうへ」


さとみは四十三歳、二人の子供を持つ普通の主婦だった。


夫は会社員、長男は高校生、次男は中学生。毎朝弁当を作り、スーパーのパートが終われば夕飯の支度をする。特別なことは何もない日常。それでいい、とずっと思ってきた。

四十三歳、二人の子供を持つ普通の主婦
四十三歳、二人の子供を持つ普通の主婦


変化のきっかけは、ご近所のちょっとしたバーベキューだった。

隣の家のご主人が定年を迎えた記念に庭で開かれた小さな集まりで、さとみは夫の代わりに一人で参加した。そこに見慣れない男性がいた。


「弟が世話になっています。大塚と申します」

さとみより四、五歳上に見えた。妻と死別し、最近この町に引っ越してきたのだと後で聞かされた。穏やかな目元で、よく笑う人だった。



それから何度か、近所で顔を合わせた。ゴミ出しの朝、スーパーの駐車場、地区の防災訓練。そのたびに短い言葉を交わし、いつしかさとみは彼の声を、少しだけ待つようになっていた。


ある夕方、大塚が玄関先に向日葵の鉢を置いているのを見かけた。

「似合わないでしょう、こんなもの一人で育てて」と彼は苦笑した。

「いいえ、きれいです」



「亡くなった家内が好きで。毎年欠かさず育てていたんです」

さとみは何も言えなかった。ただ、真夏の光の中で咲く向日葵を、しばらく二人で眺めた。


帰り道、さとみはスマートフォンで向日葵の花言葉を調べた。

「あなただけを見つめる」

声には出さなかったが、胸がじんわり熱くなった。恋だとは思いたくなかった。ただ、誰かのことをこんなにも考えたのは、いつ以来だろうと思った。



夫は悪い人ではない。ただ、気づけば長い間、互いの話をきちんと聞かなくなっていた。さとみ自身も、いつのまにか「今日どうだった」と尋ねることをやめていた。


何もするつもりはない。


ただ次の朝、弁当のおかずをいつもより少しだけ丁寧に詰めながら、さとみは気づいた。誰かを意識するたびに、自分の中の何かが動き始める。それはきっと、消えていたのではなく、ずっとそこにあったのだ。


向日葵は、いつも太陽のほうへ顔を向ける。

四十三歳のさとみも、まだ何かに向かっていたかった。


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