五十歳になった私にとって、娘の成長は誇らしくもあり、同時にどこか寂しさを伴うものでした。
「お母さん、紹介したい人がいるの」
そう言われてリビングに迎え入れた瞬間、私の胸は不意に強く波打ちました。娘の隣に立つその青年――娘の婚約者。
背筋がすっと伸び、清潔感のあるスーツ姿。柔らかい笑みを浮かべて差し伸べられた手に、思わず私の指先が熱を帯びるのを感じてしまったのです。
――いけない。
頭ではわかっています。私は母親であり、彼は娘の大切な人。にもかかわらず、その澄んだ瞳で見つめられた瞬間、女としての私の心が揺れてしまったのです。
夕食の席。賑やかな会話の中で、ふと彼の視線とぶつかりました。目が合ったのは一瞬だったはずなのに、なぜか心臓の鼓動は速まり、喉が渇き、頬が火照る。
「お母さん、お料理本当に美味しいです」
そう褒められ、笑顔を返した瞬間、私は女としての歓びを覚えてしまったのです。五十歳を過ぎても、まだ誰かに女として見られたいと願っている――そんな自分に気づかされ、戸惑いました。
娘が席を外したほんの数分。
「お母さん、娘さんの笑顔はあなたにそっくりですね」
その言葉とともに、彼の瞳が私の顔を見つめる。気のせいでしょうか。ほんの少しだけ、柔らかな熱を帯びていたように思えたのです。
胸の奥で「だめよ」と囁く理性。けれど、その一方で「まだ、私も女でいられるのかもしれない」と甘く震える心。
夜、布団に入っても眠れませんでした。
娘の幸せを願うべき母親の私が、娘の婚約者を思い浮かべて心を乱すなんて――。
けれど、五十歳を迎え、閉じかけていた心の扉を彼の笑顔が無遠慮に開いてしまったのです。
翌日、たまたま二人きりになる時間が訪れました。娘が席を外し、私と彼だけがリビングに残った数分。
「昨日は本当にごちそうさまでした。お母さん、すごく若々しいですね」
軽い言葉のはずなのに、その声が耳朶を打つたび、女としての自尊心が疼き、心がざわめく。
わずかに触れた指先。彼の温もりが残って離れない。
ほんの一瞬、彼の瞳に吸い込まれるように見つめ返してしまった私――。
理性が叫びます。「いけないことよ」。
でも、欲望が囁きます。「まだ女でいたいでしょう?」と。
娘の幸せと、私自身の女としての感情――その狭間で揺れる心は、夜を重ねるごとに重たく、熱を帯びていくのです。
五十歳、まだ女でいたい――。
その切実な思いが、母としての私を罪深くも震わせ続けるのです。
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