義弟の健司さんが、久しぶりに我が家に顔を出したのは梅雨のじめついた夕暮れだった。夫の弟である彼は、私よりも十歳も若く、まだ独身。年齢差のせいか、いつもどこか遠い存在のように思っていたのに、その夜は妙に距離が近かった。
「姉さん、料理うまいなあ。兄貴にはもったいないくらいだ」
そう言って笑う彼の視線が、ふと長く私にとどまる。冗談半分だとわかっていながらも、胸の奥がざわめいた。夫は風呂に入り、リビングに残されたのは健司さんと私だけ。テレビの音が遠くで流れる中、妙に静かな間が落ちる。
「……最近、どう? 元気にしてる?」
何気ない問いかけなのに、彼の声はやけに柔らかく、私の耳をくすぐった。五十歳、女としての自信を揺らがせる年頃。肌の衰えも、体型の変化も、自分では嫌というほど意識している。それなのに――健司さんの眼差しにだけは、女として見られている気がした。
距離をとらなければ、と思うのに、彼がグラスを差し出すたび指先が触れてしまう。わざとじゃないとわかっているのに、心臓は馬鹿みたいに高鳴っていた。
「姉さんってさ……ほんとに、魅力的だよ」
その一言が耳元に落ちた瞬間、全身に熱が走った。理性ではいけないと叫んでいるのに、心のどこかで求めてしまう自分がいる。
夫が浴室から戻る気配に、慌てて身体を引いた。ほんのわずかな瞬間に芽生えた背徳のきらめきは、誰にも言えない小さな秘密として胸に残る。
五十歳、まだ女でいたい――その願いは、時に思いがけない形で試されるのだと痛感する夜だった。
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