窓を叩く雨の音が、静かな部屋に優しく響いていた。
薄いカーテン越しにぼんやりと滲む光。時計の針は三時を指している。
──あの人が最後にこの部屋を出ていったのも、たしか雨の日だった。
「もう来ないって、言ってたのに……」
思わず、つぶやいてしまった。
声に出すと、胸の奥がじんわりと疼く。
テーブルの上には、まだ彼が好んだ紅茶の缶。
そして、私の指先には、あの時彼が外したまま忘れていったカフスボタン。
小さな銀色の光が、まるで彼の残り香のようにきらめいている。
触れるだけで、心がざわめく。
思い出すたびに、身体があの午後を蘇らせてしまう。
肩に落ちた雨の雫の冷たさ。
指先が髪に触れたときの温もり。
あの人の声が、今も耳の奥で囁いているようだ。
──「また、逢いたいね。」
嘘だと思った。けれど、私は信じた。
禁じられた恋と知りながら、どうしても忘れられなかった。
この雨がやむころ、きっとまた、彼の影が扉を開ける。
そんな気がしてならない――。
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