夫の転勤をきっかけに、義父との同居が始まった。
七十を過ぎても背筋が伸びていて、無口だけれど穏やかな人。
最初は距離を保っていたが、毎日の暮らしの中で、少しずつ言葉を交わすようになった。
ある夜、夫の帰りが遅く、二人で夕食を囲んだ。
義父は湯気の立つ味噌汁を見つめながら、「おまえの作る味は、どこか懐かしいな」と呟いた。
その一言に、胸が温かくなった。
“お義父さんに褒められて嬉しい”――ただ、それだけのはずだったのに。
翌朝、洗濯物を干していると、背後から「重くないか」と声がした。
振り向いた瞬間、義父の手が私の手に重なった。
ほんの一瞬だったのに、息が止まるほど心臓が跳ねた。
――そのまなざしが、優しすぎたのだ。
夜、台所の明かりの下で二人きりになると、どうしても意識してしまう。
視線が合うたび、心の奥で何かが揺れる。
夫に対する罪悪感と、女としての寂しさがせめぎ合う。
「お義父さん、そんな目で見ないでください…」
そう言いかけて、唇が震えた。
でも、彼はただ静かに笑って、「おまえはいい嫁だよ」とだけ言った。
その言葉が、余計に切なかった。
“いい嫁”でいることと、“女”でいること――その境界が、もうわからない。
五十歳、まだ女でいたい。
その想いが、誰にも言えない小さな罪を生み落としていく。
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