夜の闇が部屋を優しく包み込む頃、私はベッドに横たわり、夫の寝息を聞きながら目を閉じる。四十路を過ぎたこの体は、かつての活気を少しずつ失いつつあるのに、心の中では静かな想いがくすぶっている。
夫は毎晩疲れ果てて眠りにつき、私との会話さえ少なくなった。子供たちが巣立った後、家は静かになり、日常のルーチンが繰り返されるだけ。窓から差し込む月明かりが、部屋を柔らかく照らす。
私はそっと起き上がり、ナイトガウンを羽織って窓辺に立つ。外の雨音が、穏やかに耳に響く。
「今日はどんな一日だったかしら……」私は小さな声で呟く。夫のいないこの時間、独りで過去を振り返るのが習慣になった。
若い頃の思い出がよみがえる。夫と出会った頃の情熱的な日々、二人で夢を語り合った夜。でも今は、ただの平穏。心にぽっかり空いた隙間を、どのように埋めればいいのかわからない。
雨音が次第に強くなり、外の世界をぼやけさせる。隣の部屋で夫は知らずに眠っている。私はベッドに戻り、枕を抱えて考える。人生の折り返し点で、何か新しいことを始めるべきか。読書や散歩、昔の友人に連絡を取るのもいいかもしれない。
突然、電話の音が響く。深夜の着信。画面を見ると、昔の恋人からのもの。心臓が少し速く鼓動する。「どうして今頃……?」私は息を整え、受話器を取る。声は低く、懐かしい響き。「久しぶり。君の声が聞きたくなったよ」彼の言葉が、遠い記憶を呼び起こす。夫はまだ眠っている。この電話が、予想外の変化をもたらす予感がする。
「今、君は何してる?」彼の問いかけに、私は微笑む。「独りで、昔を思い出してるわ」会話が続き、互いの近況を語り合う。仕事のこと、家族のこと。言葉が次第に温かくなり、心が軽くなる。「また、話そうよ」彼の提案に、私は頷く。「ええ、そうね」
電話を切り、私はベッドに戻る。夫の横に滑り込み、穏やかな気持ちで目を閉じる。この夜の出会いが、私の日常に小さな光を差すかもしれない。静かな囁きは、まだ続く。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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