薄暗いリビングに響く時計の音。久しぶりの静けさが、夫婦の間に不自然な距離感を生む。テーブルに座る美穂は、無言のままカップの縁を指でなぞっていた。正樹も言葉を探しているが、何も出てこない。互いに目を合わせることなく、空気は重く張り詰めていた。
「最近...してない、どうして?」
美穂がぽつりと切り出す。顔は正樹の方を向いていない。
正樹はため息をつきながら、視線をテレビの方に固定する。
「別に…疲れてるだけだ。仕事が忙しいんだよ」
美穂はその答えに微かに苛立ちを感じたが、声を抑えて続けた。
「疲れているのは、私も同じよ。でも、私たち…なんだかずっと、遠くなっていくような気がするの」
静かな部屋に、二人の間の緊張が漂う。正樹は少し言葉を詰まらせたが、視線を美穂に向けた。彼女の顔に浮かぶ不安と寂しさが、彼の心を締め付ける。
「そう思ってるのは、お前だけじゃないさ…俺だって、感じてるんだよ」
正樹はついに本音を吐き出した。
美穂はその言葉に驚き、ゆっくりと正樹の方を向いた。彼の目に、今まで抑えていた感情が溢れているのを感じた。
「だったら…どうして?」
美穂の声は震えていた。正樹が何か言おうと口を開くが、その瞬間、二人の間にどこか寒々しい沈黙がまた戻ってきた。
その夜、美穂は一人でベッドに横たわっていた。正樹はまだリビングでテレビを見ている。いつからこんな風になってしまったのだろう。思い出せない。ただ、時間と共に二人の間に広がっていく溝が、取り返しのつかないものだということだけは感じていた。
ドアが静かに開く音が聞こえた。正樹が部屋に入ってきたが、ベッドに向かう気配はない。彼の背中は重く、疲れた様子で立ち尽くしていた。
「美穂…お前のことを、ちゃんと考えているよ」
ぽつりと漏れたその言葉に、美穂は少しだけ希望を感じたが、その後に続く言葉はなかった。
二人の間に広がる闇は、今夜もそのままだった。
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