六十二歳になった今も、私は鏡の前に立つたびに「まだ女でいられるのかしら」と問いかけてしまいます。
肌には年齢を隠せないしわが増え、髪には白いものが混じり始めました。だけど――心はまだ、若い頃と同じようにときめきを欲している。
ある日の午後、私は友人に誘われて市民文化センターの講座に出かけました。陶芸教室。そこで出会ったのが、十歳年下の講師、浩介さん。
分厚い手で土を扱う姿。穏やかで落ち着いた声。作品を仕上げるときに見せる真剣な眼差し。
気づけば私は、彼の動きひとつひとつを追いかけていました。
「ここ、指をもっとしっかり添えるといいですよ」
彼が背後から手を伸ばし、私の手を包み込む。その瞬間、胸の奥に熱が走りました。
六十二歳の私が、四十代の男性に触れられてこんなにも揺れるなんて――。
家に帰ってからも、彼の手の感触が消えません。
「いけないわ、もうおばあちゃんになろうとしているのに…」
そう思っても、頬に浮かぶ赤みは消えない。むしろ、若い頃のように眠れない夜を過ごすなんて。
次の教室。私は気合を入れて、お気に入りのレースのブラウスを身につけました。
「先生、今日の作品はどうかしら?」
彼が微笑む。「とても柔らかい形ですね。…なんだか、あなたに似ています」
その言葉が甘く胸に突き刺さる。
六十二歳の私に「似ている」と言われて、ときめかないはずがないのです。
教室が終わり、片づけを手伝っていたとき。
「よかったら、このあとお茶でもいかがですか」
彼の何気ない誘いに、心臓が跳ねました。
カフェの窓際。穏やかな会話の中で、彼はこう言ったのです。
「最初にお会いしたときから、不思議に惹かれるものを感じていました」
理性が叫びます。――娘より年下の彼。
だけど、女としての私の心は震え、渇いた土が雨を吸うようにその言葉を受け入れてしまうのです。
帰宅して、夜。
ひとりベッドの中で彼の言葉を思い返し、私は女である自分を確かめるようにシーツに身を沈めました。
六十二歳。もう恋など関係ないと思っていた。
けれど、女性として誰かに必要とされたい、抱きしめられたい――その欲望は、消えるどころかますます鮮やかに燃え上がっているのです。
「まだ女でいたい」――。
そう思うことは、罪でしょうか。
それとも、人間としての自然な衝動でしょうか。
教室でまた彼に会う日が待ち遠しい。
彼の瞳が、笑顔が、声が、私を六十二歳の「老女」ではなく、一人の「女」として映してくれるから。
その瞬間に、私は再び命を与えられたような気がするのです。
六十二歳、まだ女でいたい。
それは、年齢に抗うのではなく、心の奥に眠っていた情熱をもう一度抱きしめること。
そして、その情熱はこれからの私の人生を、もっと豊かに、もっと甘く彩ってくれるはずなのです。
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