花言葉は、あなたのために
四十二歳の春、佐伯奈緒は職場の花壇の前で立ち尽くしていた。
満開のスミレが、風に揺れている。
「スミレの花言葉は、誠実な愛、ですよ」
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| スミレの花言葉は、誠実な愛、ですよ |
不意に背後から声がした。振り返ると、営業部に異動してきたばかりの桐島という男が、コーヒーを片手に立っていた。奈緒より五歳年下の、どこか少年っぽさの残る顔をした男だ。
「詳しいんですね」と奈緒は素っ気なく答えた。
「祖母が花屋でして。子どもの頃から叩き込まれました」
桐島はそれ以上何も言わずに去った。奈緒は胸の中にわずかな波が立ったことを、見て見ぬふりをした。
翌週、デスクに小さな花束が置いてあった。勤続二十年の表彰式に合わせた、総務からの定番の贈り物だ。黄色いチューリップが三本。奈緒はぼんやり眺めていると、また桐島が通りかかった。
「チューリップの黄色は、花言葉が『望みもない愛』なんですよね。贈った人は知らなかったんでしょうけど」
奈緒は思わず笑った。声を出して笑ったのが、いつぶりか分からなかった。
「縁起でもない」
「でも正直ですよね、花って」
桐島が初めて、まっすぐ目を合わせて笑った。
奈緒はそのとき、気がついた。自分がずっと、誰かに正直に見てもらうことを、望んでいたのだと。
夕方、帰り道の花屋の前で足が止まった。ショーウィンドウの中に、白いカスミソウが揺れていた。
花言葉は——「永遠の愛」。
奈緒は少しだけ躊躇してから、店のドアを押した。何を買うかはまだ決めていなかった。ただ、春の匂いの中に、もう少しだけいたかった。
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